須玉歴史資料館(旧津金学校)

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須玉歴史資料館(旧津金学校)
1875年(明治8年)
設計:小宮山弥太郎
1988年解体、1990年復元
山梨県指定文化財

山梨に残る擬洋風建築。
明治6年~20年まで山梨県令をつとめた藤村紫朗にちなんで藤村式建築とよばれる。
藤村紫朗は殖産興業と近代化を奨励し、山梨に100以上の洋風建築を建設。
資料館の展示によると、山梨の就学率は一時期、国内2位を記録。
藤村が山梨を去る明治20年頃から下がりはじめ、全国平均を下回るようになる。
彼が山梨に与えた影響力の大きさがわかります。

藤村式擬洋風建築については須玉歴史資料館のサイトが詳しいので、
ここでは省略。(リンクをもう少し整理してくれるともっと読みやすいんだが。
須玉町は合併して北杜市になったりしてゴタゴタしているせいか、
リンク切れや写真がないページもあったりするのが惜しい。)
藤森照信の『日本の近代建築 上 幕末・明治篇』も参考になります。

津金学校はその後、津金尋常小学校、津金国民学校、
津金村立津金小学校と同村立津金中学校へと変遷。
明治校舎のほかに、大正と昭和に建てられた校舎があったが、
1985年、統合により閉校。
1988年、明治校舎を解体し、1990年に復元完成。
1992年より須玉歴史資料館として利用されている。

復元建築ってそんなに好きじゃないんですが、
この津金学校では復元からすでに年代が経過しているせいか、
新しすぎず、建設当時の面影を再現しています。
柱や床は元のものを使っているそうで、廊下を歩くとギシギシ音がなります。
昭和初期の教室を再現してあったり、実際に触れる展示というのもわかりやすい。

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青空に映える白、青、緑というカラーリングも設計時を再現したもの。
当時、ペンキは外国から輸入したそうです。
車寄せに唐破風、いかにも擬洋風な柱頭、柱飾りに注目。

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太鼓楼がよく見えるように裏から撮影。
チャペルの鐘の代わりに太鼓を鳴らしたというところがすごい。
(太鼓楼は1913年(大正元年)に雨水漏洩のため撤去。
以後、復元されるまで太鼓楼はなく、
展示されている昔の津金小学校の写真にも写っていません。)

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1階休憩コーナー。復元された小学校教科書を手にとって見れます。
山梨出身の財閥、根津嘉一郎が小学校に寄贈した“根津さんのピアノ”も展示。
山梨県庁舎のときにも思いましたが、根津嘉一郎は金持ちなだけでなく、
地域の文化を育てることにも熱心な人だったようです。
休憩コーナーには蓄音機もあり、美空ひばりの『リンゴ追分』をかけてくれたのですが
とくにB面の『リンゴ園の少女』が綺麗な曲だと思いました。

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1階入口にあるオルガン。小学校教員が寄贈したものだそうです。
自由に触ったり、弾いてみたりできる。彫刻が素敵。

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1階のカフェ明治学校。黒板や教室用の椅子が並んでいてかわいい。

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1階廊下。現在は受付に使われているが、職員室とかありそうな雰囲気。

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1階廊下。トイレに続いているんですが、光が差し込む感じが陰翳礼賛。

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2階の復元教室。昭和初期の教室を再現。
椅子に座ったり、教壇の上の始業ベルを鳴らせる。

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2階の展示。楽器や天球儀など実際にさわって体験できるところが楽しい。

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左は手回し式電話機。ハンドルを回して発電させてベルを鳴らす。
学校で電話の使い方を教えるための教材だったそうで、
実際に別の机にある電話機と通話して遊べる。
右は「ピンポンパンポーン」と鳴る鉄琴。

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2階バルコニー。

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ベランダ隅のコーナーストーン。石ブロックではなく木で真似しているところが擬洋風。

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菱組み天井。透かしになってるので実際涼しいのだとか。

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柱頭飾りの部分も漆喰でできている。
柱頭飾りというよりはダルマ落としの輪っかみたい。

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太鼓楼に登る階段。超急なので、「足元に自信のない人は登らないでください」
との注意書きがある。

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太鼓楼に登る途中の踊り場から、和紙が貼ってある2階の天井が見える。

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太鼓楼内部。昔はここにつるした和太鼓で時を告げた。

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太鼓楼からの眺め。天気が良ければ南アルプスが一望できる。

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太鼓楼アップ。

交通アクセス情報や大正校舎についてはその2へ。

須玉歴史資料館(旧津金学校) その2

1985年の閉校後、明治、大正、昭和の3つの校舎が残されていたが、
1992年、明治校舎は須玉歴史資料館に解体復元、
1998年、大正校舎は農業体験施設「大正館」に新築復元、
1999年、昭和校舎は取り壊され、レストラン、宿泊施設を備えた「おいしい学校」に、
それぞれ再利用されています。

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左から、おいしい学校、大正館、須玉歴史資料館。

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大正館
1924年(大正13年)完成。
1997年解体され、1998年、大正館として新築復元。
新築ですが、木造建築がもつ美しさがあり、特に廊下がすばらしい。

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大正館外観。公民館など公共施設としても利用されているようです。

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大正館の前には野口英世像。
1964年(昭和39年)の創立90周年記念に寄贈されたもの。

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大正館入口。「ツバメが入るので玄関は閉めてください」の貼り紙がのどか。
陶芸、そば打ちなどの体験には予約が必要だが、内部は自由に見学できる。

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広いホール。

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廊下。幅が広いのは、講堂代わりに利用していたからなのだとか。
現在廊下ギャラリーとして貸し出している。

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廊下から見えたプール。体育館は今でも利用されているらしい。

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おいしい学校
1953年(昭和28年)、津金中学校として建てられる。
元の昭和校舎は『学校の怪談2』のロケ地にもなったらしが、
1999年に取り壊され、おいしい学校としてオープン。

私のように須玉歴史資料館を目的として訪れる人は
当然のことながらめずらしく、一番人気はこのおいしい学校。
イタリアンレストランや給食をイメージしたランチメニュー、パン工房、
ハーブ湯、宿泊施設などがありますが、
ほかの校舎を見て回ってるうちにランチタイムが終わってしまったので、
私はパンを買って、ベランダで食べました。

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一番心に残ったのがグラウンド。
校舎からは桜並木と天気が良ければ南アルプスが一望できるはず。
こんなグラウンドで大きくなった子供たちはこの景色を忘れないだろうなと。
近所の子供たちが野球をして遊んでました。

◆交通アクセス情報
車で行くのがベストですが、私のように免許持ってないよという人は
韮崎駅よりバスが出ています。
「津金」行きバスに乗り45分、バス停「津金中」で下車、徒歩5分。
(須玉歴史資料館のサイトでは「津金農協」下車となっていますが、
津金農協がなくなったそうで、バス停の名前が変わっています。)
バスは本数は少ないので山梨交通のサイトで確認を。
ちなみに2007年5月現在は、以下のとおり。運賃は片道860円。
韮崎→津金
8:50 12:05 14:38 ○17:20 18:40
津金中→韮崎 
7:04 7:39 10:10 13:12 15:37 ○18:29
○印休日運休。

山梨文化会館

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山梨文化会館
1966年
設計:丹下健三
地上8階、地下2階

“丹下マニア”というわけではないんですが、
甲府に丹下健三の建物があると聞き、途中下車。
北口を降りたとたん、「あ、あれだ」とわかる存在感、
現役の建物でありながら、すでに廃墟のようなオーラを発しているあたり、
さすが丹下健三。見に来てよかった。

“山梨文化会館”は、山梨日日新聞社、山梨放送など、
山日YBSグループ14社の総合管理会社の名前。
建物の地下にはYBSホールもあります。

「収容される新聞、放送、印刷の三つの企業体における
相互の独自性や関連性を処理するため、
三次元的ネットワークを、小さいスケールで実現しようと考えた。
“コミュニケーション・シャフト”と名付けた
直径5mほどのシリンダーを垂直の道と構造を兼ねて立て、
なかには階段、エレベーター、空調・電気などの設備システムを入れた。」
KENZO TANGE OFFICIAL SITEより

これをシンプル化すると静岡新聞・静岡放送東京支社になるのかな。
静岡新聞・静岡放送東京支社には山日YBSの東京支社があるそうです。

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正面から見たところ。
縦横4本ずつ、計16本の円柱並ぶ。
建物の前が空き地になっているので、ポツン感が漂う。

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山梨放送の電光掲示板が光る。

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後ろ側。ひと目見ただけでは構造がよくわからない。
変なところに空間があるので、なんだろうと思ったら、
元から増設を意識してスペースが用意されていたらしい。
実際、増設が行なわれているので、当初の姿とは少し異なる。

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螺旋階段がなんだか不思議。

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おまけで、目の前の空き地から撮影した富士山と甲府城跡。

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逆に、甲府城跡から見た山梨文化会館。
建物の前は甲府駅。離れてしまうと意外とめだたない。
電車からも見えるのだが、どおりで今まで気がつかなかったはず。

山梨県庁舎

甲府駅で途中下車するにあたり、調べてみたら結構、近代建築があることがわかり、
ついでといってはなんですが、散策してきました。

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山梨県庁舎 別館(旧館)
1930年(昭和5年)
設計者は不明。佐野利器が関わっていたのではといわれている。

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山梨県教育庁、山梨県警察本部の看板。
正面に車が停められていることからもわかるとおり、
入口としては使われていないらしい。

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“山”の文字?

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甲府城跡(舞鶴城公園)の向かいに見える山梨県庁舎。
いきなりレトロでうれしい。

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道路側から見たところ。丸窓のデザインがかわいい。

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裏手にあるドア。山梨中央銀行県庁支店と書いてある。

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こちらも裏手側。4階はあとから増設された部分。
正面入口といい、ツタがいい感じ。

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山梨県庁 議事堂
1928年(昭和3年)
旧館とデザイン的によく似てる、というか一瞬区別がつかない。
こっちは2階建て。

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横から見たところ。

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山梨県庁 第一南別館
1930年(昭和5年)
旧県立図書館。根津嘉一郎(初代)より寄贈。
根津嘉一郎という人を知らなかったので、
調べてみたら、2代目ともども有名な実業家なんですね。
根津美術館は彼のコレクションが元になっているそうです。
1961年(昭和36年)2代目根津嘉一郎により増築。
1970年(昭和45年)図書館移転。

旧館と議事堂に気をとられて、
本館はまったく撮影していないんですが、
山梨県出身の建築家、内藤多仲(東京タワーが有名)の設計で、
建て替えが検討されたときも、彼の建築を残そうという意見が多く
(財政的に難しいという理由もあったみたいですが)
2002年、地下1階の柱を切断し、免震部材を設置する“免震化”が行なわれています。

そのほか、県民情報プラザが県庁っぽくない建物だなと思ったら
実は、旧甲府西武で1998年、西武が撤退したあと、県が買い取ったそうです。
現在、この旧甲府西武を含め県庁周辺のリニューアルが検討されていますが、
いずれにしても歴史的建造物は残す意向らしいので、ほっとしました。
→詳しくはこちら

建物の正面に車が停めてあったりして、じゃまだなぁと思ったのですが、
県庁設備として老朽化、駐車スペース不足は前から問題になっていたみたいです。
県庁移転も検討されたようですが、周辺の商店街の空洞化もあり、
移転計画がボツになったあたり、山梨も大変なんだなと思いました。
リニューアル計画も財政難から少しずつ進める予定だそうです。

「どことなくアカゼミツクの感じがする。
山梨にこんな建築は過ぎたるものだと言ふ人もあれば、
いやこれで相應しいのだとがんばる人もある。
山峽の盆地、瞳憬の觀光地帶としての山梨は、この建物がシンボライズする如く、
永遠に、モダンに、堅實に發展して行くことであらう。 」
『郷土風景』縣廰の眞顏より

甲府法人会館

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甲府法人会館(旧甲府商工会議所)
1926年(大正15年)
設計:内藤半二郎
登録有形文化財

県庁からさらに15分ほど歩いたところにある甲府法人会館。
1階は甲府中央四郵便局。
登録有形文化財ということで、楽しみにしていたのですが、
改修や洗浄工事を行なっているらしく、
レトロ感はほとんどなく、ちょっとがっかり。
古い建物を使い続けるためにはしかたないことですが。

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現在の甲府商工会議所。
1977年、日本銀行甲府支店の跡地を購入。
新会議所オープン。旧会館を山梨法人会館連合会へ譲渡。
2000年、現在の新会館が完成。

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一部だけレトロデザイン。
以前の建物を継承したのかとも思ったが真相は不明。