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大阪市中央公会堂

雨の中、梅田から中之島まで歩きました。

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フェニックスタワー
“WELCOMING-FLAG/幟”がイメージだとか。

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大江橋北詰
1935年(昭和10年)
一般公募により大谷龍雄のデザインが選ばれた。

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右に日銀。

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左に大阪市役所、中之島図書館が見える。

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大阪市役所
1986年
1921年(大正10年)に建てられた旧大阪市役所は1982年解体。

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旧庁舎にはかなうべくもないが、この手のデザインは嫌いじゃない。

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財政問題やなんやらでいろいろ言われている大阪市役所。
中之島図書館前からの眺め。

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大阪市中央公会堂
1918年(大正7年)
原設計:岡田信一郎
実施設計:辰野片岡建築事務所
施工:清水組
2002年改修
改修設計:大阪市住宅局営繕部、坂倉・平田・青山・新日設設計共同企業体

1911年(明治44年)、大阪北浜の株式仲買商、岩本栄之助が建設資金として100万円を寄付。
1912年(明治45年)、建築設計競技により最優秀案となった岡田信一郎の原案に
辰野金吾氏と片岡安氏が手を加えて設計。
1913年(大正2年)、建設工事着手。
1918年(大正7年)、竣工。
尾崎行雄や犬養毅、若槻礼次郎らの演説会、三浦環の独唱会、山田耕筰の演奏会、
ヘレン・ケラーの講演会、宇宙飛行士ガガーリンやテレシコワの歓迎集会を開催。
1970年代に老朽化により、取り壊しも検討される。
1988年、市民による保存運動の結果、永久保存を決定。
1996年、中央公会堂保存・再生プロジェクト技術検討会を設置。
1999年、保存・再生工事着手。
耐震性、利便性の向上、外観・内部空間を建設当時の姿に復元。
2002年、改修工事完了。国の重要文化財に指定。


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岡田信一郎というより、辰野式のイメージが強い。
辰野くんがよくやった方法らしいが、審査員として設計を選び、手を加える。
弟子とはいえ、岡田信一郎は嬉しくなかったんじゃないかなー。

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岩本栄之助は、米国視察の際に、
アメリカ企業のトップが、公共の福祉事業を支援していることに感銘を受け、
大阪市に100万円(現在でいうと30~50億円)を寄付。
しかし、その後、株取引で失敗し、無一文となり、
大阪市が援助を申し出たが、それも断り、
1916年(大正5年)、公会堂の完成を待たず、ピストル自殺。
辞世の句は「この秋を待たで散りゆく紅葉かな」。

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「ネオ・ルネッサンスを基調にバロック的な躍動感を加味した意匠」だそうです。

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1階はサンクンガーデン。
カフェ・レストラン中之島倶楽部がある。

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大阪市章の“澪標(みおつくし)”と鳳凰をデザインしたステンドグラス、
松岡壽が“天地開闢”を描いた天井画のある貴賓室(現・特別室)、
迫り出し舞台のある大集会室があるが、賃貸しのため、見学はできず。
1階の展示室でギャラリーが開かれていたので、1階だけちょっとのぞく。
改修の際にユニバーサルデザインをめざしているだけに、
トイレは自動で大きく両側にドアが開く仕組み。
市民の利用を推奨しているので、大集会室5万円(平日、午前)、
特別室2万3800円(平日、午前)から借りることができる。
結婚式(貴賓室26万2500円)だってできちゃいます。


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