« 外堀通り | Main | 神田明神 »

湯島聖堂

yushima04
湯島聖堂
1935年
設計:伊東忠太
施工:大林組、松井組

にぎやかな神田明神にくらべて、ひっそりとしている湯島聖堂。
「1690年(元禄3年)、五代将軍綱吉が儒学の振興を図るため、聖堂を創建。
1797年(寛政9年)、幕府直轄学校として、昌平坂学問所を開設。
1872年(明治5年)に東京師範学校、1874年(明治7年)に東京女子師範学校を設置
その後、両校は筑波大学、お茶の水女子大学となる。
(なので、現在はお茶の水にないのにお茶の水女子大学という)
1922年(大正11年)、国の史跡に指定されるも、
翌1923年、関東大震災により、入徳門と水屋を残し、すべて焼失。
1935年(昭和10年)、寛政時代の旧制を模し、鉄筋コンクリート造りで再建。
1986年~1993年、文化庁による保存修理工事が行なわれた。」
以上、史跡湯島聖堂,財団法人斯文会のホームページより抜粋。

yushima01
湯島聖堂と言えば、これ! 鬼龍子(きりゅうし)と鬼犾頭(きぎんとう)。
去年のお正月、屋根の上の彼らを見たとき、
その異様な雰囲気に圧倒され、
一気に伊東忠太という建築家に興味を持ちました。

yushima02
わかりにくいけどアップ。

yushima03
大成殿内では関東大震災のときに焼け落ちた
寛政年間の作の鬼龍子くんたちが公開されているのですが、
それと比べると、忠太版の方がずっと恐い。

yushima05
大成殿
平日は公開されていないので、たいていシーンとしている。
年始なので、それでもお参りにくる人は何人かいたけれど、
簡単に無人ショットが撮れる。

yushima06
鉄筋コンクリート造だが、設計は中国風。

yushima07
元の聖堂がどんなものだったのかわからないが、
鉄で黒なので、独特の威圧感。

yushima08
柱や軒が特徴的だが、忠太はあまり変なことはせず、
基本的には復元に徹したらしい。
学問発祥の地なので、合格祈願の絵馬が並ぶ。

yushima10
杏壇門
湯島聖堂には独特の雰囲気がある。
最初に来たとき、異空間に迷い込んだような気がした。
それは黒い鉄の建物が放つ、威圧感のせいでもあるのだけど、
決して拒否されてるような感じでもない。
かといって、迎え入れるような優しさでもなく、
荘厳というのとも、ちょっと違う。
と考えていたら、参拝にきた人が
「ここはいつもがらんとしている」と言っていた。
その言葉で、そうか、ここにあるのは一種の虚無なんだと思った。

yushima11
聖堂内を歩いていると突如、現われる孔子像
写真ではわかりにくいけど、4.5mもあるので、
畏敬の念に打たれるというより、ぎょっとする。
1975年、台北ライオンズクラブより贈られたもの。

kanda01
聖橋
1929年
設計:山田守
湯島聖堂とニコライ堂を結ぶので“聖橋”。

あの日湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて
君は陽だまりの中へ盗んだ檸檬細い手でかざす
食べかけの檸檬聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれ違う
さだまさし『檸檬』

 
昔、この歌の聖橋を勝手に長崎の橋だろうと思っていた。
(さだまさしだから?)
ここだったのね。


« 外堀通り | Main | 神田明神 »

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/76665/8742183

Listed below are links to weblogs that reference 湯島聖堂:

« 外堀通り | Main | 神田明神 »