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銀座電通ビル

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1933年(昭和8年)
設計:横河工務所
施工:大林組

「1912年、ルネッサンス式3階建て、赤レンガ造りの初の自社ビルを新築。
1923年の関東大震災により焼失。翌日から2週間、帝国ホテルに部屋を借りて
業務を続けた後、仮社屋住まいが10年続く。
1933年(昭和8)12月、旧社屋跡を拡張し、地上8階、地下2階の
耐震耐火に重点を置いた鉄骨鉄筋コンクリート造りの本社屋が竣工。
窓にはすべてスチールサッシを、1階の入口や窓部にも防火シャッターを採用し、
自動消火の設備を備え、地下に深さ58メートルにも達する井戸が掘られた。
これらの防災の姿勢は、東京大空襲に際しても存分に効果を発し、
電通銀座ビルは、一面焼け野原となった銀座で、
数少ない生き残りの建物の一つとなることができたのです。」
(電通ホームページより抜粋)

その後、1967年に築地本社ビル、2002年に汐留の電通本社ビルを建設
となるわけで、拡大するにつれ美しさがなくなっていく気がする……。

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一見、普通のビルに見えるモダンな造りながら、この入口部分は特徴的。

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正面玄関のレリーフは、広告にゆかりがある奈良東大寺戒壇院の四天王の一つ
広目天を模した彫像と、福徳の女神吉祥天の彫像(畑正吉製作)。
中央は社章の星型。中央の星は初代社長光永星郎の名前の星を形どったもの、
周囲の歯車は近代産業を意味するとか。

2003年3月までは1階に電通ギャラリーがあった。

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